福島県弁護士会公式ホームページ

会長声明 等

ホーム > Topics > 会長声明 等 > 障害者権利条約及び子どもの権利条約に基づくインクルーシブ教育の実現を求める決議

障害者権利条約及び子どもの権利条約に基づくインクルーシブ教育の実現を求める決議

決議本文

1 日本では、障害のある子どもが「特別支援教育」の名の下に分離される傾向が依然として強く、通常学級で共に学ぶ選択肢が十分に提示されないことも少なくない。

一方、通常学級においても、本来は様々な特性やニーズを有する子が存在しているはずであるが、通常学級では「みんな同じ」であることが求められ、個々の特性が無視される傾向がある。互いの差異を認め合う「共生」の視点が希薄化した教室に居心地の悪さや苦しさを感じている子も少なくない。

2 こうした学童期からの分離教育や個性の尊重が不足した教育は、互いの差異を認め、助け合い、共に生きるという発想の醸成を阻害し、大人になってからの認識にも影響を及ぼしていると言わざるを得ない。現に日本では障害のある人の多くが地域社会に居場所を失い、隔離・収容を前提とした政策の中で、人権侵害や差別の構造化が生じてきた。

3 日本も批准している障害者権利条約や子どもの権利条約の理念に照らせば、インクルーシブ教育とは、単に分離教育を廃止するという意味にとどまらず、「全ての子どもが、必要な支援、合理的配慮及び一人ひとりに合った環境を提供され、障害その他の差異の有無にかかわらず同じ場でともに学び、効果的で良質な学習が行えるように、教育内容、教育方法、学習文化を変えていく制度改革のプロセスを経て達成される教育」と定義されるべきである。

このような意味で定義されたインクルーシブ教育は、共生社会実現の土台であり、充実した教育改革が速やかに実現される必要がある。

4 しかしながら、日本の現状はこれに遠く及ばない。国連児童の権利委員会の2019年(令和元年)の対日総括所見及び国連障害者委員会の2022年(令和4年)の対日総括所見において、日本の現状は強く懸念されている。特に2022年(令和4年)の総括所見では、分離教育の中止に向けた国家行動計画の策定、通常学校へのアクセス確保(拒否禁止)、および特別支援学級在籍児の授業時数を制限する通知の撤回などが勧告されている。日本はこれらの勧告を真摯に受け止め、学校教育の在り方を人権モデルに基づいて速やかに、かつ根本的に見直さなければならない。

5 また、前記定義に基づくインクルーシブ教育実現のために、各地域で容易に実行できる第一歩は子ども一人ひとりとの深い「対話」である。ここでの「対話」とは単なる言葉のやり取りではなく、大人が子どもの視点に立ち、その思いを深く理解しようとする姿勢である。子ども自身が意見(opinionではなくview)を聞かれることに慣れておらず、本心を言語化できない場合もあるが、言葉にならない感情や「言いたくない」「わからない」という反応も、重要な意思表示(view)として尊重されなければならない。

そして、子どもが対話に応じ、主体的に学ぶためには、まず「安心できる環境」が必要である。それは、同調圧力で縛る場ではなく、子どもが興味・関心を持つことに熱中できる柔軟な環境である。個々の興味や特性を否定せず受け入れる柔軟な姿勢が教育現場で示されることこそが、異なる他者を尊重し、豊かな人間性を育む共生社会の土台となるのである。

6 そこで当会は、障害の有無にかかわらず全ての子どもが共に学ぶインクルーシブ教育を実現し、真の共生社会を目指すため、次の事項を求める。

⑴ 国及び県内すべての学校の設置者に対し、教員が子ども一人ひとりと対話する余裕を持てるよう教職員定数を抜本的に改善し、長時間労働を是正して過重な負担から解放すること並びに教員養成課程及び現職研修において、人権とインクルーシブ教育を必須科目とすること。

⑵ 福島県教育委員会は、福島県の公立高校の選抜において定員内不合格率が高い水準にあることに鑑み、障害の有無にかかわらず学ぶ意欲のある子どもが等しく後期中等教育を受けられるよう、定員内不合格問題の解決を含む制度整備を早急に行うこと。

⑶ 県内すべての学校の設置者に対し、全ての子どもに必要な支援と合理的配慮を保障し学校設備のバリアフリー化・ユニバーサル化を進めること、及び、子どもを学校に合わせるのではなく「学校を子どもに合わせる」視点に立ち、子どもが興味・関心を持つものに熱中できる柔軟な学習環境を整備すること、教育と福祉の連携を進め、スクールソーシャルワーカー(SSW)やボランティアなど、学校外の人材を積極的に導入し、開かれた学校環境を作ること。

⑷ 県内すべての教職員に対し、子ども一人ひとりの権利を保障するため、管理的な指導ではなく真の「対話」を実践すること、特に、明確な「opinion」だけでなく、「言いたくない」「わからない」という回答も「view」として重要な意思表示と捉えたうえで、子どもの意見を聞くことを実践し、また、その前提として、子どもの「聞かれる経験」の育成を積極的に行うこと。

以上

提案理由

第1 分離社会の現状とその弊害

1 障害のある子どもと分離教育

(1)障害のある子どもの学びの場については、分離別学を原則とする政策が長きにわたり続けられてきた。

1947年(昭和22年)制定の学校教育法により、障害の種別と程度により教育の場を分けるという医学モデルに基づく分離教育政策が導入された。重度障害のある子どもの多くは就学免除とされ、公教育を受ける機会を失った。日本は、1979年(昭和54年)に養護学校の設置を義務化し、分離教育制度を完成させた。

(2)その後、後述するとおり、障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」という。)の批准を経て、共生社会に向けた法整備が進み、学校においても障害のある子どもへの合理的配慮義務が課されることになった。

しかし、学力偏重を志向する能力主義及び医学モデルに基づく分離の思想や、教育委員会が最終的な就学先の決定権を持つ仕組みは存続している。

本人・保護者の意向に反して特別支援学校への就学決定がなされる例、支援の可否やその専門性等を理由に特別支援学校・特別支援学級へ事実上誘導される例が存在する。

このような分離教育により、子ども本人・保護者に地域の通常学級で学ぶことへの不安や抵抗感を抱かせ、やむなく分離教育を選択せざるを得なくなったり、子ども本人に合った教育を選択したいという保護者の意向のもとで本人の意向に沿わないまま分離教育が選択される場合もある。

こうした状況から、2013年(平成25年)から2023年(令和5年)までの10年間で、義務教育段階の全児童生徒数が0.9倍に減少している一方で、特別支援学校在籍者は1.3倍(6.7万人から8.5万人)、特別支援学級在籍者が2.1倍(17.5万人から37.3万人)、通級指導を受ける児童生徒が2.5倍(7.8万人から19.6万人)となっている。

2 通常学級で支援を必要とする子どもの現状

(1)通常学級にも、さまざまな特性やニーズを有する子どもが存在している。

しかし、通常学級では、「みんな同じ」であることが強く求められ、子ども一人ひとりの意向や特性に応じた教育内容や支援が等しく提供されているとは言い難い。

一見、障害を抱えているようには見えない子ども(発達障害(ASD、ADHD、SLD)の子ども等)が、通常学級に振り分けられ、その特性を無視して他の子どもと同じであることを求められてしまうことがある。このような子どもは、他の子どもに同調することが難しいため、いじめの加害者や被害者となる例がある。

(2)また、近年、不登校児童生徒数や子どもの自死は過去最多の水準にある。文部科学省の「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校など生徒指導上の諸問題に関する調査結果」によれば、小・中学校における不登校児童生徒は35万3970人、小・中・高等学校から報告のあった自死児童生徒数は413人にのぼる。また、2025年(令和7年)5月14日に発表されたユニセフ「レポートカード19」によると、日本の子どもの精神的幸福度(生活満足度が高い子どもの割合)は71%であり、36か国中32位と諸外国に比べて低い水準にある。

このような現状は、学校において、子ども一人ひとりの意向や特性に応じた教育内容や支援が十分に提供されていないことと無関係とはいえない。

(3)当会が主催した2025年(令和7年)11月22日のプレシンポジウム「みんなの学校~だれもが安心できる学びの場を考える~」において、パネルディスカッションの登壇者からは次のような発言があった。

不登校経験のある高校生(当事者)は、小学校高学年から不登校になった理由として、小学1年生の頃から勉強についていけなくなったことや、教師からの精神的・身体的な暴力があったことを挙げた。

また、スクールソーシャルワーカーからは、ある学校での事例が紹介された。その学校では、ある日突然、廊下の中央にペットボトルが置かれて右側通行を指示され、校長室のドアは閉ざされ、ガラスには目隠しのシールが貼られ、以前は開放的だった場所が施錠されるようになった。さらに、以前はなかったチャイムが鳴るようになるなど管理が強化された結果、環境の変化に苦しむ子どもや、落ち着きのない子どもが激増したという。

学校関係者は、子どもが自分の好きなことができている学校は不登校率が低いこと、子どもが安心できる空間を作ることが重要であり、同調圧力や制度で縛るのではなく、子どもを中心に学校を作り直していくことが求められていると指摘した。

3 非インクルーシブ教育の弊害

(1)障害を持つ子どもの存在を知っていることと、共に学び交流することは全く異なる。すべての子どもが、個性が尊重された環境の中で、共に学び交流することは、障害を知り、お互いの違いを受容することにつながる。しかし、分離教育や個性の尊重が不足した教育では、子どもの中に、互いの差異を認め、助け合い、共に生きるという発想が育たない。

(2)その弊害は大人になっても継続し、社会構造に大きな影響を及ぼす。現に、日本ではこれまで障害のある人の多くが地域社会に居場所を失い、障害に特化した施設や事業所で働き、あるいは入所施設や病院で生涯を暮らしてきた。

特に精神障害のある人への差別偏見は根強く、精神障害のある人のみを対象とした強制入院制度(精神保健福祉法)が存在し、精神障害のある人への隔離収容政策などは、地域社会からの排除と人権侵害を生み出してきた。

第2 インクルーシブ教育の必要性

1 インクルーシブ教育は、誰もが互いを尊重し、共に生きる共生社会を実現するための土台である。日本においては、障害者の権利、子どもの権利に関する法整備が進められ、インクルーシブ教育の実現に向けた取り組みが進められている。もっとも、国連からは、その取り組みの不十分さを指摘されている。

2 障害者権利条約とインクルーシブ教育

(1)障害者権利条約と国内法の整備

2006年(平成18年)12月、障害者権利条約が国連総会で採択された。障害者権利条約は、障害者を保護の対象ではなく、権利を行使する主体として尊重し、多様性を認め合う共生社会(インクルーシブな社会)を実現することを究極の目的としている。その一つとして、障害者権利条約は教育についての権利としてインクルーシブ教育を定めており、締約国に障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保することを求めている。

2007年(平成19年)9月、日本も同条約に署名し、条約批准に向けて、国内法令の整備等を推進することとなった。これを機に、日本社会は全体としてインクルーシブな共生社会へと転換していくこととなった。

2011年(平成23年)8月、改正された「障害者基本法」が施行され、全ての国民が分け隔てられることなく、共生社会を目指すことが示された。教育については、同法第16条で、可能な限り障害のある児童及び生徒が障害のない児童及び生徒と共に学べるよう配慮することや、本人・保護者への十分な情報提供、可能な限り本人・保護者の意向を尊重すること、交流及び共同学習の積極的な推進、多様な環境の整備を促進しなければならないこと等が示された。

2013年(平成25年)6月、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が公布され、差別を解消するための措置として、不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の不提供の禁止等について規定された。学校においても障害のある子どもへの合理的配慮義務が課されることになった。

2013年(平成25年)9月に学校教育法施行令が改正され、原則分離から総合的判断という枠組みに移行し、就学先を決定する仕組みが大きく変わった。

国内の法令等の整備も進み、2014年(平成26年)1月、日本も「障害者権利条約」を批准した。

(2)障害者権利条約における「障害」のとらえ方

障害については、医学モデル(困難の原因を個人の心身機能に帰する考え方)や社会モデル(社会的障壁との相互作用によって障害が創り出されるとする考え方)が提唱されてきた。これに対し「人権モデル」は、規範的な視点から「あるべき制度政策」を解明するモデルである。これは「人間の尊厳」を最も重要な規範と位置づけ、排除・抑圧・差別を禁止(自由権)すると同時に、医療福祉的な給付(社会権)も人間の尊厳を守る規範に従って提供されることを求める。

障害者権利条約は、社会モデルの理念を基盤としつつ、この人権モデルの規範性を体現している。同条約は、障害を人間の差異として尊重し(第3条(d))、あるがままの心身を尊重される権利を保障し(第17条)、基本原則として社会への完全で効果的な包容(インクルージョン)を定めている(第3条(c))。

さらに、インクルーシブな地域社会で生活する権利(第19条)、教育を受ける権利(第24条)、労働の権利(第27条)など具体的な権利規定を設けている。支援策も人権の枠組みに根ざしていなければ差別を永続させかねないため、人権モデルは、社会権の提供方法自体が尊厳や平等を満たすことを要求している。

しかしながら、前述の通り日本では分離教育が根強く、大人になっても分断が継続している。

(3)2022年(令和4年)の障害者権利条約に基づく対日総括所見は、インクルーシブ社会の実現を阻む重大な障壁として、分離教育や施設収容、特に精神科病院への強制・無期限入院を指摘した。そして人権モデルに基づき、障害の有無にかかわらず地域で共に学ぶインクルーシブ教育と、地域での生活(脱施設化)の実現を強く勧告した。

主な勧告内容は以下の通りである。

・分離教育を止める目的を持ち、具体的な目標と時間枠を持った国家行動計画を導入すること。

・全ての障害のある子どもに対して通常の学校を利用する機会を確保すること。

・通常の学校が障害のある子どもの入学を拒否できないよう「拒否禁止」条項を策定すること。

・2022年(令和4年)の文部科学省通知(特別支援学級在籍児童は授業時数の半分以上を特別支援学級で過ごすべきとするもの)を撤回すること。

・教職員の研修を行い、人権モデルについて意識を高めること。

3 子どもの権利条約とインクルーシブ教育

(1)日本は1994年(平成6年)に子どもの権利条約を批准した。同条約は18歳未満の子どもを「権利をもつ主体」と位置づけ、以下の4つの一般原則を定めている。

・差別の禁止:どのような理由でも差別されず、条約の定める権利が保障される。

・子どもの最善の利益:子どもに関わることが決められる際は、「子どもにとって最もよいこと」を第一に考える。

・生命、生存及び発達に対する権利:命が守られ、その子らしい発達ができるよう支援が保障される。

・子どもの意見の尊重:自由に意見を表すことができ、大人はそれを真剣に受け止めること。なお、ここでいう「意見」とは、一般的に大人が想定するような確固たる意思や論理的見解(opinion)のみを意味するものではなく、より広く、言葉にならない感情や思いなども含む概念(view)である。子どもの権利条約において、意見表明権を定めた第12条は、opinionではなく、viewという文言をあえて用いて区別している。

子どもの権利条約は、子どもにとって人格の全面的かつ調和のとれた発達を重要事項と位置づけており、この発達のためにも、4つの一般原則は極めて重要な意味を有する。

すなわち、子どもの権利条約においては単に差別が禁じられているにとどまらず、子どもを個性ある存在として尊重し、その個性ある子どもが十分に発達できる環境を保障していくことが求められている。

(2)以上の一般原則を踏まえ、子どもの権利条約は教育について次のように定めている。

まず、前提として「教育はそれ自体で人権であるとともに、他の人権を実現する不可欠な手段」(社会権規約委員会一般的意見13号1)とされており、子どもの権利条約においても、教育への権利が規定されている。中でも重要なのは、教育の目的である。子どもの権利条約においては、教育は次の目的で行われることとされている(第29条1項)

・子どもの人格、才能ならびに精神的及び身体的能力を最大限可能なまで発達させること

・人権及び基本的自由の尊重ならびに国際連合憲章に定める諸原則の尊重を発展させること

・子どもの親、子ども自身の文化的アイデンティティ、言語および価値の尊重、子どもが居住している国および子どもの出身国の国民的価値の尊重、ならびに自己の文明と異なる文明の尊重を発展させること

・すべての諸人民間、民族的、国民的および宗教的集団ならびに先住民間の理解、平和、寛容、性の平等および友好の精神の下で、子どもが自由な社会において責任ある生活を送れるようにすること

・自然環境の尊重を発展させること

このように、子どもの権利条約は、すべての子どもがその持てる能力を最大限発達させることと並び異なる他者を理解し、尊重できるようになることも等しく教育の目的として位置付けている。

(3)国連児童の権利委員会は、2019年(令和元年)の総括所見において、日本に対し以下の勧告を行っている。

・統合された学級における包摂的教育(インクルーシブ教育)を発展させるため、人的・技術的資源及び財源に支えられた施策を強化すること。

・学習障害のある児童に個別支援等を提供する統合された学級に配置すること。

・学童保育サービスが包摂的であることを確保すること。

・教員や専門スタッフを養成・増員し、障害児に対する偏見に対処する意識啓発キャンペーンを実施すること。

この勧告は、日本に対し、学校教育段階におけるインクルーシブ教育の充実を求めている。

(4)日本は、子どもの権利条約を批准したものの、子どもの権利が守られるべきと定める法律の整備をしてこなかった。その後の日本では、自殺、不登校、貧困など子どもを取り巻く環境は厳しさを増した。

そのような中、日本では2023年(令和5年)4月、子ども基本法が施行された。同法は、全ての子どもが、将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目指し、子ども政策を総合的に推進することを目的としている。

4 これらの条約等の規定や趣旨に照らすと、インクルーシブ教育とは、「全ての子どもが、必要な支援、合理的配慮及び一人ひとりに合った環境を提供され、障害その他の差異の有無にかかわらず同じ場でともに学び、効果的で良質な学習が行えるように、教育内容、教育方法、学習文化を変えていく制度改革のプロセスを経て達成される教育」と定義されるべきである。

5 しかしながら、上記勧告及び日本の子どもの現状を鑑みれば、日本の教育は、条約等が求めるインクルーシブ教育とは程遠い現状にある。分離教育も、通常学級内で個性を尊重した対応がなされていないという問題も、いずれもインクルーシブ教育の問題である。日本は、上記の勧告を真摯に受け止め、学校教育の在り方を根本的に見直すべきである。そして、インクルーシブ教育を実現し、子どもたちが安心して学ぶことができる環境を整備する必要がある。

第3 インクルーシブ教育実現のために必要な実践

1 子どもたちとの対話について

(1)先に定義したインクルーシブ教育を実現するためには、国レベルでの教育制度の抜本的改革が不可欠であるが、各地域において、又はそれぞれのクラスにおいて、容易に実践できる取り組みもある。たとえば、インクルーシブ教育実現のためには、学ぶ主体である子どもの権利保障が必要不可欠であるが、現状では十分ではない。この現状を打開するためには、子ども一人ひとりとの「対話」が重要となる。

(2)ここでの対話とは、単に言葉を交わすことではなく、互いをより深く理解するための行為である。教える側の大人が、子どもが何を学び、何を求めているのかを深く理解しようとする姿勢を持つことが重要である。

障害の有無に関わらず、子どもには一人ひとり個性がある。しかし、大人が個性に配慮せず画一的な対応に終始することで、子どもは心を閉ざし、学校への圧迫感や大人への不信感を募らせ、不登校に繋がっている側面がある。漠然としたコミュニケーションではなく、目の前の子どもが何を求めているのかに主眼を置く必要がある。

もっとも、子ども自身が意見(opinionではなくview)を聞かれることに慣れておらず、本心を言語化できない場合もある。「言いたくない」「わからない」という回答も、「不満はあるが言えない」あるいは「言語化できない」という意思表示である。大人は、回答の内容だけで評価せず、その背景にある心情を子どもの視点に立って想像し、検討することが重要である。

2 子どもたちにとって安心感のある空間や環境について

(1)子どもたちが対話に応じ、自主的な学びを求めるためには、まず学校や大人に対して安心感を抱ける環境が必要不可欠である。

(2)安心感を抱ける環境とは、子どもが興味を持つものや熱中できることに取り組める環境である。

以下に具体的な事例を紹介する。

ある子どもは、学校に窮屈さを感じて不登校になり転校した。転校先で一輪車に熱中し、学校側に「競技用の一輪車が欲しい」と要望を出したところ、学校はこれを受け入れた。その子どもはさらにのめり込み、「休日は学校が閉まっていて一輪車ができないから嫌だ」と言うほど積極的に登校するようになった。

その後、休み時間に一輪車で遊ぶ子どもが増え、追加購入のための会議(色や台数など)が子どもたち自身で行われた。その際、「紫色にすると人気が集中し、早い者勝ちになって喧嘩になるのではないか」という意見が出た。これに対し、元不登校の当該児童は「喧嘩して取り合いになるのは互いに傷つけ合うことであり、お互いを大切にすることにならない」と発言した。

結局結論は出なかったが、学校や大人が興味を否定せず受け入れたことが登校に繋がり、さらには他者と意見を共有し交流する場を生み出した好例である。

(3)この事例が示すように、学校を画一的な場と捉えず、子どもが興味を持つことに熱中できる環境を柔軟に設計することが重要である。大人が子ども一人ひとりを観察し、その興味を否定せずに受け入れる姿勢を示すことこそが、子どもにとっての「安心できる環境」を作り出す。

3 小括

インクルーシブ教育において、子どもとの対話は不可欠である。その実現のためには、学校や大人側の意識改革(理解しようとする姿勢、意見表明への不慣れさへの配慮)と、子どもが安心できる環境づくりが肝要である。

第4 提言

当会は、前記インクルーシブ教育の定義に照らし、その実現のため、具体的に必要な実践を次のとおり提言する。

提言1:対話の実践

子ども一人ひとりの権利を保障し、不登校等を防ぐため、真の意味での「対話」を実践すること。

・教える側の大人は、子どもが何を学び求めているのかを深く理解する姿勢を持ち、コミュニケーションに主眼を置くこと。

・障害の有無にかかわらず、画一的な対応を改め、個性に配慮すること。

・子どもを学校に合わせるのではなく、「学校を子どもに合わせる」という視点を徹底すること。

・明確な「opinion」だけでなく、「言いたくない」「わからない」という回答も「view」として重要な意思表示と捉え、その背景を子どもの視点で検討すること。

・子どもの意見を聞く実践、およびその前提となる「聞かれる経験」の育成を積極的に行うこと。

提言2:子どもの環境の整備

子どもが安心して対話に応じ、自主的に学べる環境を整備すること。

・子どもが興味・関心を持つものに熱中できる環境を提供し、学ぶ環境を柔軟に設計すること。

・全ての子どもに必要な支援と合理的配慮を保障し、設備のバリアフリー化・ユニバーサル化を進めること。

・教員養成課程において人権とインクルーシブ教育を必須科目とし、現職教職員にも継続的な研修を行うこと。

・障害の有無にかかわらず、学ぶ意欲のある子どもが等しく後期中等教育を受けられるよう、定員内不合格問題の解決を含む制度整備を行うこと。[i]

提言3:大人の環境の整備

教育現場の大人が、子どもを観察し対話する余裕を持てるよう、労働環境を整備すること。

・教職員数や受け持ち児童数について配慮し、定数を改善すること。

・労働時間を遵守し、過重な労務負担から解放すること。

・通常の職員配置より増員(加配)したり、複数担任制を充実させること。

・スクールソーシャルワーカー(SSW)やボランティアなど、学校外の人材を積極的に導入し、開かれた環境を作ること。

第5 結語

以上の提言を実践するため、国、福島県教育委員会、県内各地方自治体及び各教育委員会、並びに県内すべての教職員に対し、決議本文記載事項の実行を求める。

以 上

[i] 公立高校の入学者選抜においては、志願者が募集定員に満たない場合にも不合格者が出ることがある。この「定員内不合格」の陰には、障害や特性を理由に入学を断られているケースが多分に含まれると言われるところ、福島県では、各校長に任されているとされながら、令和5年度公立高等学校入試で実に111人(全国都道府県で6番目)、令和6年で152名(全国都道府県で3番目)、令和7年でも77名(全国都道府県で5番目)の定員内不合格が発生している。文部科学省 高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/04120702.htm

2026年(令和8年)2月27日
福島県弁護士会

三瓶 正

カテゴリー

最近の投稿

月別投稿一覧