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改正少年法68条を削除すること及び改正少年法下における「特定少年」の実名等の公表及び推知報道を控えるよう求める決議

改正少年法68条を削除すること及び改正少年法下における「特定少年」の実名等の公表及び推知報道を控えるよう求める決議

 2021年(令和3年)5月21日に「少年法等の一部を改正する法律」(以下、「改正少年法」という。)が成立し、2022年(令和4年)4月1日、施行された。同法により「特定少年(18歳以上の少年)」のとき犯した罪により公判請求された場合、当該少年の氏名、年齢、容ぼう等により当該事件の本人と推測できるような記事又は写真の出版物へ掲載(以下、「推知報道」という。)の禁止が一部解除された。

2022年(令和4年)4月8日、同法施行後初めて、甲府地方検察庁が、甲府市内で特定少年が起こしたとされる事件を公判請求し、その少年の実名を公表した。検察庁の公表を受けて、多くの報道機関が当該特定少年の推知報道を行った。

福島県においても、2022年(令和4年)5月18日(強盗殺人)、特定少年が起こしたとされる事件について、公判請求がなされた。同時に検察庁から実名が公表され、それを受けて報道機関が推知報道(実名報道及び顔写真の公開)を行った。

しかしながら、改正少年法の下においても、少年の健全育成という少年法の目的は維持されており、この趣旨は特定少年にも適用される。

また、氏名を公表しなくても、事件の動機、背景、行為態様等の報道によって、同種事案の防止や犯罪が提起した社会問題についての社会の正当な関心にこたえることは可能である。

さらに、法律上、特定少年の推知報道が解禁されるのは公判請求後とされていることから、実際に実名等が公表されるのは、当該特定少年の逮捕から2か月以上経過していることがほとんどである。その時点での推知報道が世論や地域社会の正当な要望に応えるものであるのかは相当疑わしい。

実際に、改正少年法の施行後、事件が発生した地域では特定少年の推知報道がなされなかったにもかかわらず、当該特定少年の出身地では推知報道がされたという事案もあった。少年は地元に戻り、親や親族の監督の下、更生を目指して再出発を図ることが多いことをも考慮すると、このような報道の在り方は、単に少年の更生可能性を著しく困難にするだけと言わざるを得ず、問題が大きい。

また、当該少年の氏名がインターネット上に拡散し、半永久的に残り続ける、いわゆるデジタルタトゥーの弊害も深刻である。

以上の点を踏まえると、改正少年法が特定少年について、推知報道の禁止を一部解除したことは、正当な根拠・理由がなく、むしろ、その後の運用状況を見ると弊害のみが目立つと言わざるを得ない。

当会は、福島県内でなされた前記推知報道に際して、2022年(令和4年)5月26日、会長声明を発出し、検察庁及び実名報道をした報道機関に対し強く抗議するとともに推知報道を一律禁止するよう少年法68条を速やかに改正することを強く求めたところであるが、その後の全国の状況も踏まえて、改めて、下記のとおり決議する。

1.少年については、推知報道一律禁止を貫くべきであり、国に対し、推知報道禁止を一部解除する改正少年法68条について削除することを求める。

2.改正少年法68条が削除されるまでの間、関係機関に対し、次のとおり要請する。

(1)検察庁に対し、特定少年についても実名公表を控えること。

(2)報道機関に対し、検察庁が特定少年の実名を公表するか否かにかかわらず、推知報道を控えること。

 

2023年(令和5年)2月24日

福島県弁護士会

提案理由

1 2021年(令和3年)5月21日に「少年法等の一部を改正する法律」(以下、「改正少年法」という。)が成立し、2022年(令和4年)4月1日、施行された。同法により「特定少年(18歳以上の少年)」のとき犯した罪により公判請求された場合、当該少年の氏名、年齢、容ぼう等により当該事件の本人と推測できるような記事又は写真の出版物へ掲載(以下、「推知報道」という。)の禁止が一部解除された。

改正少年法の施行を受けて、2022年(令和4年)4月8日、同法施行後初めて、甲府地方検察庁が、甲府市内で特定少年が起こしたとされる事件を公判請求し、その少年の実名を公表した。検察庁の公表を受けて、多くの報道機関が当該特定少年の推知報道を行った。

福島県においても、2022年(令和4年)5月18日(強盗殺人)、特定少年が起こしたとされる事件について、公判請求がなされた。同時に検察庁から実名が公表され、それを受けて報道機関が推知報道(実名報道及び顔写真の公開)を行った。

2 少年法は、少年が成長発達途中にある未熟な存在であることから、その健全な育成を図ることを目的としている(1条)。そして、少年の更生や社会復帰を阻害するおそれが大きいことから、推知報道を一律に禁止している(61条)。この根拠は、少年の名誉・プライバシーに対する権利をも含んだ少年固有の権利としての成長発達権にあると理解されている(名古屋高裁平成12年6月29日民集57・3・265等参照)。すなわち、少年は、成長発達過程にある存在であり、人間の尊厳として今ある自律的人格を尊重されつつ全面的に成長発達する権利が保障されるが、この権利が実効的に保障されるためには、少年が社会とのつながりを維持しながら主体的に社会参加をする機会を保障することが必要不可欠である。そして、少年の推知報道は、少年に否定的な社会的烙印を押すことによって、少年に対する社会的排斥、社会関係の切断をもたらし、少年自身にも否定的な自己観念を受け付けてしまい、少年の社会への主体的参加の機会を奪ってしまうことになるから、少年の成長発達権を侵害するものである。

改正少年法では、18歳、19歳の少年を「特定少年」として、17歳以下の少年とは一部内容の異なる特例を設けた。この特例の一つに推知報道の解禁も含まれている。これは、選挙権年齢や民法の成年年齢の引下げにより責任ある立場となった特定少年については、起訴され、公開の裁判で刑事責任を追及される立場となった場合には推知報道を解禁し、社会的な批判・論評の対象となり得るものとすることが適当であると考えられたことによるものであった。

しかし、特定少年についても、少年法1条の健全育成目的は引き続き適用されるものとされた。

そのため、特定少年の場合でも無条件に推知報道が許されるものではなく、家庭裁判所が検察官送致(いわゆる「逆送」)決定を行い、検察官が公判請求をしたときに限り、推知報道の禁止が解除されることとなった(68条)。

さらに、68条の要件を満たす場合でも無条件に推知報道が許されるものではなく、少年の健全育成の観点から、推知報道をするか否かは慎重に配慮すべきものとされた。

改正少年法の衆議院・参議院の各法務委員会の付帯決議は、「インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、いわゆる推知報道の禁止が一部解除されたことが、特定少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されなければならない」としているが、これは上記理由に基づくものである。

2022年(令和4年)2月8日、最高検察庁も「犯罪が重大で地域社会に与える影響も深刻な事案」という実名公表基準を示したが、これも同様の趣旨に基づくものといえる。

このように、18歳、19歳の少年を「特定少年」として、なお少年法の健全育成の対象としながら、推知報道の解禁を認めるという今回の法改正はそもそも矛盾をはらんだものであった。

3 そして、改正少年法施行後の運用状況を見てみれば、推知報道の解禁は社会の正当な関心に応えるものですらなく、かつ当該少年の健全育成の妨げになっていることは一層明白となった。

⑴ 第一に、特定少年の実名報道は公共性を有しているかという指摘がある。 そもそも少年犯罪に関する報道が公共性を有し、それゆえ知る権利の対象として優越性が認められるのは、少年犯罪に関する報道が、各種手続が適正に行われるよう監視する役割を果たし、あるいは、少年事件の原因等を調査分析し、将来の犯罪及び非行を防止することができるためであるとされる。社会防衛及び教育の観点から報道することは、公共の利害に関する事柄で、さらに、国民の知る権利の視点からも極めて重要なことである。

少年事件に関する実際の報道状況を見ると、多くの事件で、事件発生直後から報道が開始されて、その後、被疑者が逮捕され、その供述が得られるようになると、さらに事件の動機、背景、行為態様、被疑者の属性等といった情報も報じられている。

すなわち、推知報道がなされなくとも、前記報道の趣旨に必要かつ十分な情報はすでに提供されているし、これらの情報をもとに、適正手続への監視や将来の犯罪及び非行を防止するための対応策を検討することは十分可能である。

一方、少年の氏名や風貌等の情報は、適正手続への監視や社会的な問題を検討したり解決したりすることには何ら役立たない。

むしろ、未来における可能性を秘めた少年は、少年固有の権利として将来にわたって、人間的に成長、発達する成長発達権を有し、かつ幸せを自ら選びとる幸福追求権を憲法上保障されていることに照らせば、少年が健やかに成長するように配慮した情報伝達活動を営むことは、社会的責務である。

ところで、少年の実名報道との対比で、犯罪被害者となった者が実名報道されることとの均衡が取れないことを主張されることがある。

しかし、犯罪被害者の実名報道と特定少年の実名報道とは別の問題である。犯罪被害者の報道については、実名報道を望まない被害者もいれば、実名報道を望む被害者遺族(津久井やまゆり園事件等)もいる。事件が発生した直後の、犯罪被害者に対する報道機関の取材態勢については、被害者及び被害者家族のプライバシーを最大限尊重し配慮すべきであることは当然である。

⑵ 第二に、実際に推知報道がなされるころ、社会的な関心は相当薄れている。すなわち、推知報道が解禁されるのは前記のとおり、公判請求がなされた後となるが、少年が逮捕されてから公判請求までは、家庭裁判所送致、少年審判による逆送決定、検察官による公判請求といった流れをたどる。この期間は、通常2か月程度は有するものであり、事件発生や逮捕から2か月も経過した時点では、社会の関心は別の新しい事件や問題に移っていることが多く、なお当該事件への社会的関心があるといえるか疑問である。そのようなタイミングでの推知報道が世論や地域社会の要望に応えるものであるのかは相当疑わしい。

⑶ 第三に、報道は地域による温度差が大きく、特に地方出身の少年の健全育成への影響が大きい。実際に、改正少年法の施行後、都市部で発生した事件について、事件発生地域では推知報道がなされなかったにもかかわらず、当該少年の出身地では推知報道がされたという事案もあった。親元を離れて都市部で生活をしていた少年が事件を起こした場合、少年はいったん地元に戻り、親や親族の監督の下、更生を目指して再出発を図ることが多い。ところが、このような報道が許されると、少年の更生可能性は著しく困難となる。

また、都市部と異なり、福島県のような地方では、地域コミュニティー内のネットワークが強い地域も存在し、一部の人が情報を知っているだけでも、容易にその情報が広まりやすく、少年が地域の中で生活をしたり、就労をしたりすることが困難になりやすい。すなわち、検察庁の実名公表及び報道機関等の推知報道が一旦なされれば、地方の狭い地域社会では、当該少年の実名が地域に知られることとなり、当該少年の更生可能性が著しく妨げられ、ひいては再犯可能性を高めることになりかねないなど弊害が極めて大きい。

⑷ 第四に、実際に実名報道が行われた事件では、実名を基にSNSアカウントの特定がなされ、当該少年のSNSアカウントの投稿についてのスクリーンショットがインターネット上に拡散するなどの事態も生じている。

このようなデジタルタトゥーは、半永久的に残存し、検索ワード(氏名)を入力すれば簡単に閲覧可能な状況になる。たとえば、重い刑罰(無期懲役等)を科された少年であっても、出所し社会に戻った際に、狭い地域社会であればあるほど、コミュニティーのなかでは噂になり、誹謗中傷を受けたり、就職や結婚などの場面で弊害となる可能性は高い。特に、SNS上で不適切な投稿をしたアルバイト店員などの事例がニュースとなって以降、従業員を採用するにあたって、その者がSNSなどをやっていないかどうか検索をして確認する事業者も増えているとされており、近時の実名報道の弊害は従前よりも一層大きいことに留意しなければならない。高齢になって社会に戻った際に、氏名がデジタルタトゥーとして残存し、更生可能性の妨げとなる状況は、当該少年が短期間で社会に戻った場合となんら変わらないし、将来、地元に戻ってもまともな生活は送れないだろうという絶望は少年の更生の意欲を削ぎ、少年の更生可能性を一層狭めるものと言わざるを得ない。

⑸ 以上の点を踏まえると、改正少年法が、特定少年について推知報道を解禁したことは、正当な根拠・理由がなく、むしろ、その後の運用状況を見ると弊害のみが目立つと言わざるを得ない。

4 ところで、実際に推知報道がなされる事案は、裁判員裁判対象事件など重大  犯罪が多く、死刑や無期懲役のケースも含まれるのであり、このような相当程度重い刑罰が想定される特定少年については、もはや少年の更生可能性を検討する余地がないのではないかとの指摘がなされることがある。そこで、念のため、その点についても言及する。

まず、少年のときに行った犯罪行為について、死刑や無期懲役が科される場合であっても、刑が確定するまでは無罪推定の原則が及ぶのであり、刑が確定する前の段階で、長期収容を前提とした判断をすることは許されるべきではない。第二に、少年には少年固有の権利として成長発達権が保証されており、仮に刑事施設に収容された場合であっても、少年である間の成長発達権は保障されなければならない。たしかに、刑事施設に収容されている間、社会との接点は基本的に切断されているものの、推知報道が、少年自身に否定的な自己観念を受け付けてしまうという弊害は変わらず、このことが少年自身の自発的な成長発達に与える影響は計り知れない。したがって、仮に死刑や無期懲役などの相当程度重い刑罰が想定される場合であっても、推知報道は許容されるべきではない。

5 当会は、2015年(平成27年)12月18日付「少年法の適用年齢引下げに反対する会長声明」において、また、当会も構成員である東北弁護士会連合会は2021年(令和3年)3月17日付「少年法改正に反対する会長声明」において、推知報道禁止の解除について反対の立場を表明している。

また、当会は、福島県内でなされた前記推知報道に際して、2022年(令和4年)5月26日、会長声明を発出し、検察庁及び実名報道をした報道機関に対し強く抗議するとともに推知報道を一律禁止するよう少年法68条を速やかに改正することを強く求めてきた。

その後の全国の推知報道の状況を踏まえても、前記のとおり、推知報道の正当性・必要性は見いだせず、かえって弊害が目に付く状況であることに鑑みれば、当会としては改めて推知報道一律禁止を求めて、改正少年法68条の削除を強く求める。また、改正少年法68条が削除されるまでの間、検察庁に対し、特定少年についても実名公表を控えることを求めるとともに、報道機関に対し、検察庁が特定少年の実名を公表するか否かにかかわらず、推知報道を控えることを求める。

なお、少年法附則(令和三年五月二八日法律第四七号)第8条には、施行後5年を経過した時点での見直しの規定があるが、これまで述べてきたような状況に鑑み、5年の経過を待つ暇は認められないことから、当会としては速やかな改正を求めるものである。

以上

 

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