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福島県地域別最低賃金の大幅な引上げを求める会長声明

1 最低賃金については,中央最低賃金審議会が厚生労働省に答申する目安を参考として,各地方最低賃金審議会が地域別最低賃金を審議したうえ答申し,この答申に基づき,各地方労働局長が地域別最低賃金額を決定している。福島県においても,昨年,地域別最低賃金が1時間あたり772円から798円に改訂され,26円の引上げがなされた。本年も,中央最低賃金審議会における最低賃金改定の目安についての答申が7月末に公表され,これを受けて,福島地方最低賃金審議会において答申がなされる見込みである。

2 わが国の最低賃金制度は,賃金の最低額を保障して労働条件の改善を図り,もって,労働者の生活の安定等に資することを目的としている(最低賃金法第1条)。
ここで,1か月あたりの労働時間として,厚生労働省の毎月勤労統計調査の結果(令和2年2月分確報値)である161.3時間(産業計一般労働者の総実労働時間の平均)を用い,福島県の現時点での地域別最低賃金額である1時間あたり798円をもとに試算すると,地域別最低賃金のもとに1か月稼働したとすると,1か月あたりの賃金額は約12万8718円にしかならない。
この賃金額では,労働者及びその家族が十分に生活できるだけの収入水準が確保されているとは言い難い。
仮に,時給1000円であったしても,年収計算ではワーキングプアと呼ばれる水準である200万円前後にしかならないのである。

3 政府は,2016年(平成28年)6月2日に閣議決定された「日本再興戦略2016」の工程表において,最低賃金の全国加重平均が1000円となることをめざすとし,同月18日に閣議決定された「新成長戦略」においては,2020年(令和2年)までに「全国最低800円,全国平均1000円」まで最低賃金を引き上げることを目標として明記している。また,2019年(令和元年)6月11日に開催された経済財政諮問会議で示された「経済財政運営と改革の基本方針2019(仮称)」原案においても,より早期に最低賃金の全国加重平均が1000円になることをめざすと明記している。
ところが,2019年(令和元年)の福島県地域別最低賃金は798円であるから,今年度中に全国平均の目標値(1000円)を達するためには,福島県においても大幅な引上げが必要であることは明らかである。
また,2019年現在の最低賃金額は,全国加重平均で901円であり,2020年までに全国加重平均1000円にするという政府目標を達成するためには大幅な引き上げが必要である。

4 地域別最低賃金については,地域の経済情勢などに応じて,全国をAからDのランクに分類し,ランクごとに引上げ額を定めるのが通例となっているが,福島県はこの間Dランクとされることが続いている結果,他の都道府県との地域格差が広がっている。例えば,昨年の中央最低賃金審議会答申においてAランクとされている東京,神奈川,愛知,大阪等の大都市圏と福島県の地域別最賃を比較すると,100円~200円以上の格差が生じている。最も高い東京都では1013円であるのに対し,福島県は798円であり,215円もの開きがある。このような著しい地域格差は,経済情勢や生活費等を考慮しても正当化することができるものではなく,格差是正のためにも,低ランクである福島県については,特に地域別最低賃金の大幅な引き上げが必要である。
なお,地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費について,労働組合や研究者による調査によれば,都市部と地方の間で,ほとんど差がないことが明らかになってきている(2017連合リビングウェイジ~労働者が最低限の生活を営むのに必要な賃金水準の試算~,中澤秀一静岡県立大学短期大学部准教授作成「最低生計費調査の結果一覧」)。
具体的には,食費や住居費,水光熱費,家具家電用品費,被服・履物費,保健医療費,交通・通信費,教養娯楽費等,労働者の生活に最低必要と考えられる費用を試算したところ,その金額は月額22~24万円(租税公課込み)となり,都市部か地方かによってほとんど差がなかったとされる。同調査によると,福島市の25歳男性単身世帯の最低生計費は月額22万1972円(租税公課込み)であり,例えばAランクとされている愛知県名古屋市の25歳男性単身世帯の最低生計費月額22万6945円(租税公課込み)とほとんど変わりない。これは,地方では,都市部に比べて住居費が低廉であるものの,公共交通機関の利用が制限されるため,通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にある。従来の議論では,自動車の保有の有無を意識した調査や分析がなされることはなかったが,昨今の調査研究により,以上のような実態がようやく明らかとなった。
このように最低生計費に大きな差異がないにもかかわらず,長期間にわたって最低賃金に格差をもうけることは,最低賃金の低い地方の経済を停滞させ,地域間の格差を固定,拡大するものであって,最低賃金の大幅な引上げにより速やかに是正されなければならない。

5 最低賃金の引上げは,単に,労働者の生活水準の向上をもたらすだけでなく,労働者の離職率を下げ,企業の新規採用・訓練のコストを下げることにもつながり,企業の生産性向上にも資する。さらに,賃金が生活等に消費されることにより,地域における消費を押し上げ,経済成長の刺激となるという経済的効果も指摘されるところであって,企業や地域経済にとってもメリットが存在する。
今般,新型コロナウイルス感染拡大に伴う政府の緊急事態宣言とその下での休業要請や外出自粛要請等により,経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産,廃業に追い込まれる懸念も広がる中,最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論もある。
しかし,労働者の生活を守り,緊急事態後の経済を活性化させるためにも,最低賃金額の引上げを後退させてはならない。多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者は,もともと日々生活するだけで精一杯で,緊急事態に対応するための十分な貯蓄をすることが困難である。ここに根本的な問題がある。また,今般の緊急事態下において,小売店の店員,運送配達員,福祉・介護サービス従事者等の社会全体のライフラインを支える労働者の中には,最低賃金付近の低賃金で働く労働者が多数存在する。これらの労働者の労働に報い,その生活を支え,社会全体のライフラインを維持していくためにも最低賃金の引上げは必要である。
その反面で,最低賃金の引上げは,中小企業の経営に大きな影響を与えることが予想される。今般,緊急事態に備えた中小企業支援策が拡充されているところであるが,政府は,長期的継続的に中小企業支援策を強化すべきであり,最低賃金の引上げが困難な中小企業のための社会保険料の減免や減税,補助金支給等の中小企業支援策の検討を進めるべきである。また,中小企業の生産性を向上させるための施策を有機的に組み合わせることや,これまで以上に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律や下請代金支払遅延等防止法を積極的に運用し中小企業とその取引先企業との間で公正な取引が確保されるよう務めることも重要である。
このように,新型コロナウイルス感染拡大とこれに伴う景気下降局面においても,中小企業への支援等を行うことにより最低賃金を引き上げることが可能であるばかりでなく,むしろ,このような状況下であるからこそ,社会機能を維持するためにも景気対策としても最低賃金の引き上げが必要なのである。

6 本会は,これまで,2019年6月19日付「福島県地域別最低賃金の大幅な引上げを求める会長声明」等を発出して繰り返し最低賃金の大幅引上げを求めてきたところであるが,上記のような状況を踏まえ,中央最低賃金審議会に対し,最低賃金の目安の大幅な引き上げと全国格差の抜本的な是正を求めるとともに,福島地方最低賃金審議会に対し,福島県地域別最低賃金の大幅な引上げ(少なくとも50円以上)により,労働者の健康で文化的な生活を確保するとともに,地域経済の健全な発展を促すことを求める。

2020年(令和2年)6月10日
福島県弁護士会
会 長  槇   裕 康

(執行先:厚生労働大臣,中央最低賃金審議会,福島労働局,福島地方最低賃金審議会)

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