ALPS処理水海洋放出による風評被害賠償に関する会長声明
国は、令和3年4月13日、廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚会議において、福島第一原子力発電所の構内で保管されているALPS処理水(以下、単に「処理水」という。)を、2年後を目途に海洋に放出する方針を決定した。国は、処理水の海洋放出に関する基本方針の中で「方針決定に伴って生じ得る風評被害は」東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)に賠償させることを明記した。
これを受けて、福島県原子力損害対策協議会は、国及び東京電力に対し、同年6月21日、処理水の海洋放出に伴って生じる損害等に関して緊急要望を行った。ここでは、損害の確認方法や算定方法等について客観的で分かりやすい賠償の枠組みを早急に示すこと、損害の立証については、事業者の負担とならない簡便かつ柔軟な方法によることなどを要望するとともに、特に国に対して、原子力損害賠償紛争審査会(以下「原賠審」という。)は、状況の変化を捉え、具体的な調査等により福島県の現状把握を行うこと及び、福島県の現状をしっかり把握した上で、適時適切な「指針」の見直しを行うことを要望した。
一方で、原賠審の内田貴会長は、同年6月30日の原賠審会議後の会見で、中間指針の見直しの要否に関する質問に対し、「中間指針の中に風評被害の損害賠償の考え方、明確な基準が既に書き込まれている。東電はそれに従って、賠償を対応することになる。一般論として不都合は生じないのではないか。」との認識を示したとの報道がされた。
しかし、福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)自体によって引き起こされた、いわゆる風評被害は、現在も福島県及び日本全国で継続して発生しているのであって、処理水の海洋放出は、風評被害を新たに生じさせるものではなく、これまでに生じてきた風評被害をさらに「増幅」させるものである。
そこで翻って、これまでの東京電力の風評被害の損害賠償における対応をみると、直接請求では、事業者の業種・業態等の個別の事情を考慮することなく、同種事業の統計値や原発事故からの年月の経過等の抽象的な論拠に基づき、一律に賠償を拒否してきた。また、原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続では、必ず弁護士を代理人として選任し、損害に関する様々な証拠資料の提出を求めた上で、最終的には「相当因果関係が認められない。」との抽象的な理由で賠償を拒否してきた。このような東京電力の対応や、 個々の事業者がそれに応じて風評被害を立証するための客観的データを収集することは困難であることを踏まえると、中間指針の風評被害賠償の基準はきわめて抽象的な枠組みに過ぎず、東京電力に適切な賠償を行わせるものとして機能していないといえる。
そもそも原賠審は、原子力損害賠償紛争解決センターに蓄積されたこれまでの風評被害賠償に関する和解仲介手続において当事者が提出した資料等を再検討する、または、被害者である事業者の聴取調査を行うといった手法により指針策定のための事実調査を行うことが可能であるが、 平成23年11月を最後に、風評被害に関する専門家調査を行っていない。処理水の海洋放出による風評被害「増幅」の懸念を受けて、こうした事実調査を適切に行い、もう一歩前に進んだ指針の策定をすることが求められる。
したがって、当会は、原賠審に対し、東京電力に風評被害による損害の賠償を適切に行わせるための基準を設ける中間指針の改定と、そのための本格的な風評被害の実態調査の実施を求める。
2021年(令和3年)8月12日
福島県弁護士会
会 長 吉津 健三