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東京電力株式会社福島第一,第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針に対する会長声明

1.2011(平成23)年3月11日の東日本大震災を契機に発生した東京電力福島第一,第二原子力発電所事故(以下,「本件事故」という。)は,事故発生から5ヶ月以上を経過した現在もなお収束の目途すら立っていない。10万人近い避難者は,今もなお不安な状況の下で避難生活を余儀なくされている。政府等による避難指示等の対象とならなかった地域においても,被曝による健康影響の不安などから自主的避難をする住民が多数生じ,その地域にとどまった住民も,高い放射線量のもと,健康影響の不安などを抱えながら生活している。

本件事故による被害のもっとも大きな特徴は,広範囲に飛散した放射性物質により,住民の生活及び生業の基盤である地域環境や地域社会のつながりそのものが根こそぎ破壊されたという点にある(被害の包括性)。また,その被害の特徴は,被害が極めて広範囲に及び(被害の広範性),かつ,被害が今後も相当長期間に及ぶことが予想される点にもある(被害の長期性・継続性)。本件事故に関する損害の賠償の範囲の判定にあたっては,これらの被害の特徴を十分に踏まえることが不可欠である。

2.原子力損害賠償紛争審査会(以下,「審査会」という。)は,本年8月5日,「東京電力株式会社福島第一,第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下,「中間指針」という。)を発表した。審査会は,この中間指針について,本件事故による原子力損害の当面の全体像を示すものとの位置づけをしている。

この中間指針の内容を見ると,損害項目については,本件事故による原子力損害の「当面の全体像」ではあるものの,「本件事故が収束せず被害の拡大が見られる状況下,賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲を示したもの」にすぎず,中間指針で対象とならなかった損害項目についても,後に賠償の範囲に含まれ得ることを認めている点,また,本件事故と損害との相当因果関係の立証について,一定の範囲で被害者の負担の軽減を図っていることなど評価すべき部分もある。

また,残念ながら中間指針には盛り込まれなかった,いわゆる自主避難者や,比較的放射線量の高い地域で生活を継続せざるを得ない者などについても,今後議論を継続する方向性が確認されており,今後,さらなる具体的,合理的な原子力損害の全体像が示されることに一定の期待がもてる。

3.もっとも,中間指針の具体的内容を見ると,本件事故による被害の特徴に対する認識が不十分で,被害の特徴にふさわしい内容となっていない部分がある。

例えば,中間指針には,「被害者の側においても,本件事故による損害を可能な限り回避し又は減少させる措置を執ることが期待されている」「一般的には事業拠点の移転や転業等の可能性があることから,賠償となるべき期間には一定の限度があることや,早期に転業する等特別の努力を行った者が存在することに留意する必要がある」などとして,被害者が損害拡大防止措置をとらなかったり,転業などの「特別の努力」をしなかった場合に賠償が制限されうると読める表現が存在する。

しかし,被害者は,上記のとおり,本件事故により,突然,生活と生業の基盤を根こそぎ破壊されており,かつ,本件事故自体,未だ収束の目途すら立っていない。そのような状況の下で,被害者に,新たな地域での生活再建や事業再建を図るなどの行動を期待するのは困難である。また,交通事故のように,誰しも加害者となりうることから「損害の公平な分担」の原理が強く働く場面とは異なり,本件事故については,被害者も加害者になり得るという互換性は存在しない。したがって,本件事故の被害者に対して損害拡大防止や「特別の努力」を求めることは,本件事故による被害の実態にそぐわないばかりか,被害者に対して過度の負担を強いるものである。

また,中間指針は,避難等による精神的損害に対する慰謝料の額について,交通事故の場合の自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の基準を参照し,事故から6ヶ月までは月10万円,6ヶ月から1年までは月5万円を目安として示している。しかし,突然の本件事故により生活を根こそぎ破壊され過酷な避難生活を余儀なくされた者の精神的苦痛を慰謝するには,この金額は余りに低すぎる。中間指針が慰謝料の内容に避難者の生活費の増加費用を含めていることからしてなおさらである。

中間指針が事故から時間が経過すれば精神的な苦痛が減少するとするのも合理的ではない。本件事故による避難者は,本件事故により自らの生活基盤や生活環境を根こそぎ破壊され,いつ自分の居住地に戻ることができるかも分からない状況の下,将来への不安を抱えながら長期間の避難生活を余儀なくされているのであるから,その精神的な苦痛は,時間の経過により増大しこそすれ,減少することはないと考えるのがむしろ合理的である。

さらに,上記のとおり,本件事故による被害の大きな特徴は,生活の基盤を根こそぎ破壊されたという被害の包括性にあるところ,中間指針の示すような個別賠償費目の積み上げでは,被害の包括性を十分に反映することができず,「賠償されざる損害」が生じるおそれがある。これまでの損害賠償実務では,こうした「賠償されざる損害」を補完するために,慰謝料の額を増額するという手法が採られているが,こうしたことも考えれば,慰謝料の算定手法は,根本的に再検討されるべきである。

他方,避難指示等の区域外の住民も,自主的避難をしたか否かに関わらず,被曝による将来の健康影響の不安など,多大な精神的苦痛を被り続けている。これらの者に対する慰謝料についても,早急に目安を示すべきである。

4.以上のように,中間指針については,一定程度評価できる側面もあるが,本件事故の被害者に対し,その被った損害を十分に賠償するという観点から見た場合,看過し得ない問題点も存在する。

福島県弁護士会は,審査会に対し,上記のような問題について,さらなる検討を行うとともに,その検討結果に基づき,中間指針の改訂作業を行うことを強く要望する。また,いわゆる自主避難者や,比較的放射線量の高い地域で生活を継続せざるを得ない者への賠償など,本件事故によるすべての被害者に対する賠償についての合理的な指針を早急に検討・策定することを要望する。

また,かかる本件事故を惹起した事業者である東京電力に対しては,本件事故の責任を十分に認識し,中間指針を賠償の最低限の目安として速やかに賠償金の支払いを行うことを求めるとともに,中間指針に記載されていない賠償費目等についても,中間指針に存在しないから否認するといった硬直的な姿勢をとることなく,被害の完全賠償のために,被害者に誠実に対応することを強く求めるものである。

2011年(平成23年)08月20日
福島県弁護士会
会長 菅野 昭弘

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