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東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う損害賠償請求権の消滅時効に関し,立法措置を求める会長声明

1. 賠償をめぐる問題状況

2011(平成23)年3月11日に,東京電力福島第一原子力発電所(以下,「本件原発」という。)において事故(以下,「本件原発事故」という。)が発生して,今日までに既に2年近くが経過した。

本件原発事故に伴う損害賠償に関しては,原子力損害の賠償に関する法律(以下,「原賠法」という。)に基づき,賠償の範囲等の目安として,原子力損害賠償紛争審査会が「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下,「中間指針」という。)等の基準を作成している。東京電力は,政府等の指示による避難者やいわゆる「自主的避難等対象区域」の住民に対し,請求書を送付するなどしているが,東京電力は,中間指針にほぼ準拠しつつも独自の支払基準を設けており,この支払基準に当てはまらない(ないし基準を超える)請求については賠償に応じない場合が多く,紛争となる事例が多発している。政府は,本件原発事故の賠償に関する裁判外紛争解決手続として原子力損害賠償紛争解決センター(以下,「紛争解決センター」という。)を設置し,東京電力の提示した賠償額等に不満のある被害者は,紛争解決センターに対し,和解仲介手続の申立を行うことができる。しかし,発足当初に比べれば拡充が図られてきているとは言え,紛争解決センター自身の人的物的体制の不十分さや被害者から見た解決水準の低さや進行の遅さも指摘され,申立件数も解決数も,当初期待された水準には遠く及んでいないのが現状である。

このように,本件原発事故に伴う損害賠償問題は,本件原発事故からすでに2年近くを経過した現時点でも,極めて多数の被害者に対して,相当かつ十分な水準の賠償が行われる見通しは立っていないのが現状である。

このような状況の下,被害者の間には,損害賠償請求権の消滅時効をめぐる懸念や不安が広がっている。

2. 賠償請求権の消滅時効に関する法律上の原則

本件原発事故の賠償請求については,上記のとおり,東京電力に対する賠償請求は原賠法に基づいて行うのが原則である。そして,原賠法は,民法の不法行為(709条以下)の特則とされているため,賠償請求権の消滅時効については民法724条により「被害者…が損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効に服すると解されている(民法の不法行為に基づいて請求する場合も同様である)。他方,本件原発事故については,政府がこれまで国策として原子力発電を推進し,極めて不十分な規制監督しか行わず,原子力発電の危険を放置してきたことから,国に対しても損害賠償を請求できるとすべきであるが,国に対して国家賠償法に基づいて賠償請求する場合も,その消滅時効期間については,同様に被害者が損害及び加害者を知ったときから3年間と解されている。

3. 時効問題についての東京電力等の方針とその問題点

東京電力の下川邉和彦取締役会長は,従前,記者会見の場で「(本件原発事故の損害賠償請求権に)消滅時効が適用される可能性がある」などとして,東京電力が賠償請求に対して時効を援用することに含みを持たせる発言をしていた。その後,広瀬直己社長は下川邉会長とともに,本年1月10日に福島県庁を訪問し知事と会談した際,記者の質問に答えて「(本件原発事故から3年経過しても,時効援用を)するつもりは全くない」「事故から3年たったら(賠償請求が)終わりになるということは全く考えていない。被災者が心配や不安を抱かないように対応していきたい」と述べた旨が報道された。

その後,東京電力は,本年2月4日付で公表したプレスリリース「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する弊社の考え方について」において,内閣府及び経済産業省資源エネルギー庁に対して提出した特別事業計画における消滅時効についての対応策の内容を公表している。具体的には,①消滅時効の起算点については,東京電力が「損害賠償請求の受付を開始した時点」からとする,②仮払補償金の支払をした被害者に対して東京電力が請求書や請求を促すダイレクトメール等を発送した場合には,その時点で時効が中断し,新たに3年間の時効期間が進行する,③上記に該当しない被害者についても時効完成をもって一律に賠償請求を拒むことはせず,柔軟に対応する,としている。

このような東京電力の方針については,被害者の救済という面から見て,一定の評価をすべき点もあるものの,以下のような問題点もある。

まず,これらの取扱いが,東京電力の自主的な取扱いにすぎないとも考えられ,そうだとすれば。被害者が東京電力の賠償基準に満足できず訴訟を提起した場合には,東京電力が訴訟において消滅時効の援用をする可能性も否定できない。

また,特に旧警戒区域からの避難者に対しては,本件原発事故の後,2011(平成23)年9月ころから,順次本賠償の請求書が東京電力より送付されていることを考えると,少なくとも第一回目の請求にかかる損害賠償請求権については,報道されている方針によれば,せいぜい6ヵ月程度消滅時効期間が延長されるにすぎない。これでは,日をおかずに消滅時効の問題が再燃することは避けられず,抜本的解決にはほど遠い。

しかも,東京電力から請求書類を受領している被害者は,現時点では被害者の一部にとどまっている。東京電力が請求書類を送付している被害者は,基本的には,中間指針をベースにして東京電力が策定した賠償基準に該当する被害者のみである。しかし,中間指針自体が「中間指針は,本件事故が収束せず被害の拡大が見られる状況下,賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示したもの」という認識を示していることからも明らかなように,その他にも,本件事故と相当因果関係のある損害を被っている被害者は多数存在するのであって,被害者が請求に必要な書類を東京電力から受領した日から3年間とするという取扱いでは,請求書類を受領している被害者と請求書類を受領していない被害者との間で,消滅時効の起算点が異なるという結果になる可能性がある。つまり,東京電力が被害者として扱っているかどうかという加害者側の認識によって,消滅時効の起算点が異なることになりかねず,これは不合理と言わざるを得ない。

4. 抜本的な対策が必要であること

(1)被害の全体像(被害の範囲,内容)はまだ明らかでないこと

本件原発事故は,広範囲の地域に,長期にわたり,深刻な影響を及ぼし続けている。旧警戒区域から福島県内の他地域に避難を余儀なくされた人は約10万人,県外への避難者は6万人ともいわれ,いわゆる「自主的避難者」も含めれば,避難を余儀なくされた被害者の数はいまだ正確に把握されていない。避難者は,生活基盤を奪われ,先の見えない生活を強いられている。放射性物質に汚染された地域にとどまって生活している人も,放射線被ばくを余儀なくされ,健康影響に対する不安の中で,目に見えない被害を被り続けている。

このような生活全般にわたる被害が広範囲に生じており,かつ,その被害には,金銭に置き換えて評価することが極めて困難であるものが多く含まれている。本件原発事故による被害の全体像は,被害の範囲も,その内容も,まだ明らかになっていない。その原因としては,放射線被ばくの健康影響について専門家の中でも意見が分かれ,特に低線量長期間の被ばくによる健康影響についての一致した科学的知見が確立されていないこと,環境からの放射性物質の除去(除染)技術が確立しておらず,被害地域の復旧について明確な見通しが立たない状態にあることなどが挙げられる。被害者が,自らの身体的財産的精神的被害を客観的に把握し,その被害に見合った賠償を求めることができるためには,数年から数十年の長い年月をかけた検証を経る必要がある。

そのような状況の下で,被害者各人が,短期間のうちに,自らの損害を正しく認識し,加害者に対して権利行使を行うのは多大な困難が伴う。

(2)賠償基準が不十分かつ不明確であること

原賠審が作成公表した中間指針は,中間指針自身が「一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示したものであるから,中間指針で対象とされなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではなく」等と述べていることからも明らかなように,中間指針において賠償すべき損害の範囲に含まれた損害については,相当因果関係についての特段の立証を要せず賠償されるという,最低限の基準を示したものにすぎない。しかし,東京電力は,あたかも,中間指針において明示されていない損害については,賠償されるべき損害には該当しないかのような姿勢を示してきた。

しかも,中間指針の基準には,例えば「いわゆる風評被害」について「敬遠したくなる心理が平均的・一般的な人を基準として合理性を有していると認められる場合」を一般的基準とするなど,極めて曖昧な表現が少なくない。また,財物損害など,明確な方針が示されていない分野も数多く残されている。このような基準の下で,被害者が,自らの被害が賠償の対象に含まれるかを判断するのは極めて困難である。

これまで,かかる状況に対して,被害者を含めた多くの国民の批判もあり,中間指針の追補が二度にわたって示され,東京電力も若干ずつではあるが,賠償に応じる範囲を広げてきたという経過がある。また,紛争解決センターにおいても,個々の和解仲介手続において,中間指針の不十分性が認識されるなどして,賠償の範囲等についての「総括基準」が示されてきた経過がある。このような経過から見ても分かるとおり,賠償の範囲や金銭評価等については,まだまだ検討の余地が大きく,現時点での賠償基準を固定的なものと考えることはできない。

(3)立法措置の必要性

本件原発事故により,生活基盤を奪われ,先の見えない不安な生活を余儀なくされているなど,未曾有の被害を受けた被害者には,被害に見合った十分な賠償を受ける途が確保されなければならず,消滅時効の適用を回避するため,やむなく加害者たる東京電力から提示された賠償額額での合意に応じるなど,不本意な賠償に甘んじる結果となることは,何としても避けられなければならない。

また,上記のように,被害はまだ継続しているだけでなく,その全体像も輪郭もいまだ明らかではない。そのような状況の下では,いまだ請求を行っていない被害者を「権利の上に眠る者」と評価することはできず,消滅時効によって法的救済が阻まれるようなことがあってはならない。被害者が東京電力等に対し賠償請求を行っていないことについては,①原賠審等による賠償基準の作成と公表が遅れたこと②立入禁止区域の設定等により,損害の確認や証拠の確保に支障が生じていること③避難等の事情により,弁護士等の専門家による支援を受けることができていないことなど,東京電力や国の責に帰すべき事情が多数存在しているのであって,かかる被害者が消滅時効により救済が制限されるという結果は不正義と言わざるを得ない。

個々の被害者が消滅時効の適用を心配することなく被害者が損害賠償請求権を行使できるようにするためには,民法724条の解釈や加害者である東京電力の自主的な対応に委ねて解決を図るような不安定な方法ではなく,立法により,消滅時効の進行が,当該法律で定める時点まで停止していることを確認し,被害者が時効によって賠償請求権を喪失する事態を一律かつ無条件で避けられることを明確にする必要が高い。

5. 報道されている特例法案の内容とその不十分性

他方,2月9日ころから,新聞等において,政府が,本件原発事故による損害賠償請求権の時効に関する特例法案を国会に提出する方針を定めたことが報道されている。

特例法案の内容については,現時点では詳細は不明であるが,報道によれば,被害者が紛争解決センターに和解仲介手続の申立てを行い,当該和解仲介手続が不調により終了した場合,その時点で消滅時効期間が経過していても,一定期間は裁判所に提訴することができるとする内容になる見込みとのことである。

紛争解決センターによる和解仲介手続については,その発足当初から,和解仲介手続の申立てに時効中断の効力がないという問題が指摘されているところ,この特例法が成立すれば,和解仲介手続の申立てに時効中断に類似した効力が認められることになり,その点では一応の評価ができる。

しかし,この特例法案では,被害者が時効期間完成後も提訴できるとの効果を享受するためには,消滅時効期間の経過前に和解仲介手続の申立てをしなければならず,その弊害は大きい。

そもそも,上記のように,本件原発事故による被害は,深刻かつ広範であり,いまだその全体像も明らかでなく,損害を確定することは現時点では不可能である。深刻な被害を被った被害者は,生活基盤そのものを失い,今後の生活の見通しが立たない人も多い。そのような被害者に,短期間のうちに紛争解決センターに和解仲介手続の申立てなどの権利保全措置を講じることを求めるのは,あまりにも酷であり,かつ,正義に反する。

また,権利保全のために,本件原発事故から3年が経過する直前に,多数の被害者が,短期集中的にとりあえず和解仲介手続の申立てをなすことが予想されるところ,上述のように,紛争解決センター自体の人的物的体制が十分でない現状において,短期間に多数の申立てが集中すれば,和解仲介手続のなお一層の遅延や審理の困難など,多大な混乱をもたらす危険がある。

しかも,被害者が,和解仲介手続や訴訟を通じて,基準の範囲を超える(あるいは上回る)賠償を得ることができたとしても,他に同様の被害を被った者は,自ら和解仲介手続申立によって権利保全の措置を講じておかなければ,提訴制限されることになりかねない。

さらに,特例法による時効猶予の期間そのものが十分に長期間でなければ,結局,裁判所に多数の提訴が集中することとなって,わが国の司法手続にさらなる混乱をもたらすことになりかねない。

本件原発事故による損害賠償請求権の時効について,特例法を制定するならば,その内容は,全ての被害者にとって公平であるとともに,被害者に困難を強いることなく,かつ被害者の賠償請求権の保全のために十分な期間が保障されなければならない。そのような観点から見るとき,この特例法案の内容では十分ではなく,時効起算点の相当長期間にわたる延期又は時効進行の相当長期間にわたる停止等の抜本的な立法策がとられることが必要である。

6. まとめ

したがって,当会は,国が,本件原発事故による損害賠償請求権については,時効期間が当該法律で定める時点まで延期される,ないし,消滅時効の進行が当該法律で定める時点まで停止していることを確認するなどの特別立法を速やかに行うことを強く求めるものである。

以上

2013年(平成25年)02月16日
福島県弁護士会
会長 本田 哲夫

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